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経過|16🌿 体の変化と、怖さが消えた日 2026.2.16

📅 日付: 2026年2月16日 ― 痰・姿勢・そして納得 ― 何で食べられなくなったのか、ずっとわからなかった。 脳梗塞も脳出血も乗り越えてきた。 胆嚢炎の手術も乗り越えた。 入院も、リハビリも、通院も。 刻み食も、おかゆも、工夫もしていた。 それなのに、急に口をつぐんだ。 検査は異常なし。 「老衰かもしれない」 「認知症の症状かもしれない」 どれもしっくりこなかった。 私はずっと一番近くにいたのに、 何を見落としていたんだろう、と。 痰という存在 よだれが増えた。 時々、くしゃみと一緒に痰が出ていた。 でも、たくさん食べていたから、 嚥下に関係しているなんて思っていなかった。 喉の奥に溜まっていた。 白くて、トロッとした塊。 私はそれを「親玉」と呼んでいる。 それが出ると、 母はすっきりした顔になる。 声が出ない理由 最近、歌を歌わなくなった。 言葉も少なくなった。 でも、痰が取れたときは 「あー」と大きな声が出る。 六甲おろしの最後は、 今も歌おうとする。 物理的に、喉がふさがっている。 それが腑に落ちた。 ねじれと姿勢 座ると左に傾く。 骨盤が左に落ちる。 頭も左へ。 左に入った食べ物は、飲み込みにくい。 今朝、 左のお尻の下にタオルを4つ折りで入れた。 すると、 左肩が上がった。 見た目も違った。 ああ、そうか。 押し戻すんじゃない。 支えるだけでいい。 治すことではなく これは「治す」問題じゃない。 年齢と、脳のダメージと、体の変化。 誰にでも起きる変化。 だから今は、怖くない。 むせるときはむせる。 吸引すると「ゴォー」と出る。 それを聞いていて2人ですごいねーと笑う。 しっかりうんちも出る。 大きなあくびもする。 生きている。 私が怖かった理由 わからなかったから。 近くにいたのに理解できなかったことが、 一番つらかった。 でも今はわかる。 喉の奥に溜まる。 ねじれがある。 姿勢が関係する。 そしてそれに、 気がついた。 今日の結論 母は弱くなったんじゃない。 省エネし...

基準・考え|2026.1.2| 喉に溜まるサインに後から気づいた話

 吸引しながら、今日も食べています  これは、介護をしている最中には分からず、 何年も経ってから、ようやく腑に落ちた話です。 母は、長い間よだれが多く、 スタイ(よだれ掛け)が必需品でした。 今思えば、その頃から 唾液をうまく飲み込めていなかったのだと思います。 ただ、行き場のない唾液が、前に溢れていただけでした。 食べられなくなる少し前、 あれほど垂れていたよだれが、逆に出なくなりました。 良くなったのだと思っていました。 でも実際は、 外に出ていたものが、喉の奥に溜まるようになっていただけでした。 喉に溜まると、体は教えてくれる 喉に唾液や痰が溜まると、 母は目を閉じるようになりました。 声も出にくくなり、 だんだん話さなくなり、 好きだった歌も歌わなくなりました。 それは「 意欲がなくなった」のではなく、 声を出すこと自体が、しんどくなっていたのだと思います。 やがて、吸引が必要になりました。 「あーって言って〜」は、合図 吸引のとき、私は 「あーって言って〜」と声をかけます。 すると、 ゴロゴロ、ガラガラという音が聞こえることがあります。 その音で、 「あ、まだ喉に溜まっているな」と分かります。 吸引して、 喉の奥に引っかかっていた トロッとした白い痰が取れると、 それまで出なかった声が、 ふっと出ることがあります。 音が消えて、 声が出ると、 「あ、今は楽なんだな」と分かります。 安心すると、食べられるようになる 母は、 「取ってもらえる」ことが分かってから、 安心したのだと思います。 自分から口を開けて、 「取って」というような仕草もします。 今は、 食前・食事の途中・食後と 吸引を挟みながら、しっかり食べています。 喉に溜まっても、 苦しくなっても、 ちゃんと取ってもらえる。 その安心があるからこそ、 少し食べにくいものにも、 思い切って手を伸ばせるのだと思います。 よだれが減った=良くなった、ではなかった よだれが出なくなったとき、 私は「少し楽になったのかな」と思いました。 でも今なら分かります。 それは改善ではなく、 変化のサインでした。 垂れる時代 溜まる時代 嚥下の問題は、 形を変えながら続いていたのだと思います。 食べることは、安心と一緒にある 吸引は、 「かわいそうな処置」ではありません。 母にとっては、 食べる...