介護の始まりと、今思うこと
介護をしながら、時には「なんで私ばっかり」と思う日もありました。
母にも「もっと頑張ればいいのに」と思ったこともあります。
オムツパンツを履き始めた頃、まだ手すりを持って歩いていた時期に漏れることが度々ありました。
そのときは「もう少し早くトイレに行けばいいのに」と思っていました。
でも今なら分かります。
パンツタイプは吸収量がそれほど多くないこと、座ったまま出てしまうと跳ね返りで吸収体に届く前に外に広がってしまうこと。
当時はそんなことも知らず、戸惑いながらの毎日でした。
知っていれば、あんなに責める気持ちにはならなかったかもしれません。
それもすべて、今につながる経験なのだと思います。
食べる力を信じてきた日々
介護のきっかけは、母が急に食べられなくなったことでした。
昨日まで元気でもりもり食べていたのに、口を動かしても飲み込めない。
胃瘻をするかどうかを前にして、延命措置としての選択が本当に「幸せ」なのか、答えの出ない1ヶ月を過ごしました。
それでも「食べることを忘れてほしくない」と思い、いろいろなものを買ってきて舐めさせていました。
冷やしきゅうり、綿菓子、水ゼリー——どれもうまくはいかず、結局は点滴の毎日。
デイサービスに通って点滴、夜は食事の準備もなく、手持ち無沙汰で寂しかった日々。
母とテレビでお笑いをみても心から笑えなくなりました。
だから今、少しでも食べられて、笑って、声を出してくれることが本当に嬉しいのです。
がんばることをがんばってた頃
介護を始めた頃は、「リハビリを頑張れば歩けるようになる」「この健康茶がいいのかも」など、
とにかく“頑張ること”を頑張っていました。
できないことを増やさないようにと必死でした。
車椅子で出かけたとき、同じくらいの年齢の人に「おいくつですか?」と聞かれて、
何とも言えない気持ちになったこともあります。
介護という言葉には「面倒」「負担」「自分の時間がなくなる」といったイメージがつきまといますが、
私は少しずつ、考え方を変えました。
行きたいところは一緒に行く。
やりたくない日は手を抜く。
人の手も借りる。
自分の好きなライブにも出かけて、母に「行ってくるね」と言うと、
「いいと思う❣️」と笑ってくれる。
そんな日々が、今の私たちの“ちょうどいい介護”のかたちです。
なんじゃかんじゃ、という知恵
母がまだ元気だった頃、デイサービスから帰ってきて「何食べてきたの?」と聞くと、
「なんじゃかんじゃ」と答えて大笑いしたことがありました。
もしかしたら、それは物忘れの始まりだったのかもしれません。
けれど、あのときの言い方や表情には、ちゃんと“照れ”や“とぼけ”のような可愛らしさがありました。
今でも、うるさいなぁと思う時は「シラーん」とした顔をして、
寝たふりも上手にするんです。
それもある意味、知恵なんだなぁと思います。
介護をしていると、できないことばかりに目がいきがちですが、
母のこういう“生きる知恵”を見つけるたびに、なんだか救われます。
だから、母は“介護を上手に受ける”ことができるんだと思います。
一人で何もできないように見えても、あんなに穏やかで、ほがらかに人の手を受け入れられる。
それは、強さそのものなんだなと感じます。
本当の強さは「頑張ること」ではなく、「人の優しさをそのまま受け取れること」なのかもしれません。
母の姿を見て、そう思うようになりました。
🌸 おわりに
介護は大変なことも多いけれど、
その中にある小さな笑顔や変化が、何よりの支えになります。
このブログが、同じように迷ったり悩んだりしている方の心に、
少しでも寄り添えたら嬉しいです。
……介護の中で、自分を責めることもあったけれど、
それはお互いに「大切に思っていた」証拠だったのかもしれません。
今なら、あのときの母にも、あのときの私にも「もう大丈夫」と伝えたいです。
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