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基準・考え |母と私の40年

2011年、退院後。ヘルパーさんへ渡した手書きメモ。















楽しむは、くすりだよね。

私は小学生。母は41歳だった。


夕食にカレーを食べている途中、

母は右手のスプーンを落とした。

ろれつが回らなかった。


10日ほど入院。

それが最初だった。


あの日から、

「母を守る」という言葉が、

私の人生にも入った。




その後数年が経ち

1989年、高血圧の薬を飲み始めた。


1994年3月   小脳梗塞。

仕事中に倒れ、10日入院。後遺症なし。


1997年9月   左被殻出血と多発性脳梗塞。

買い物途中、右側の人にぶつかり、

よだれが垂れ、言葉が抜けた。

それでも後遺症は残らなかった。


それから


母は50代。脳梗塞と脳出血を経験している。

それでも母は、家のことをし、

私のお弁当も作ってくれていた。


母は仕事に区切りをつけ、一緒に住み始めた。



1998年7月 右視床脳出血。2か月入院。

左足がふらつき倒れる。


外では杖歩行、室内は杖なし。


それでも夕食を作り、

洗濯物を畳み、

単語つなぎでも会話が戻った。


まだ介護保険は始まっていない頃。

保健師さんから勧められ、

センターでレクリエーションに月1回通っていた。


生活は、それほど変わらず過ぎていった。


1998年11月 兵庫県へ母と友人達と温泉へ。

1人で立ってカラオケも歌う母。


2000年5月 孫も一緒にみんなで賢島へ。

伊勢海老をどうしても食べたかったんだよね。


2002年5月 近所の植物園へ。

外出は車椅子。

おにぎり弁当。

杖を持って少しなら立てたね。

唐揚げ棒を持って食べている写真が残っている。


2003年1月 名古屋へ。

改札を出られず困ったね。

杖で立てたから、車椅子だけ持ち上げてもらった。


2003年6月 名古屋の甥っ子の結婚式。

行き帰りの持ちきれないお土産を宅急便にしたね。


2003年秋 ドライブ旅行の富士山。

杖をついて、ソフトクリームを持って立っている姿。

2人で撮った写真も残っている。


2004年1月 飛行機で帰省。母の母の顔を見に

ゆっくりしたね。


2004年9月 昼神温泉。

杖歩行で、箸で食べて、おしゃべりしていた。


2004年11月 淡路島へ仲間との旅行。

友人に車椅子を押してもらいながら。


2005年3月 食いしん坊仲間達みんなで有馬温泉。洋室でベッドのあるここに何度か行ったね。露天風呂は無理だけど、楽しんだね。


2005年5月 名古屋万博。マンモス並んだね。




2005年 左脳幹梗塞。

家の中でも、押しぐるまを使う生活へ。


2006年7月 右視床出血。

家事はできなくなった。

この時が一番ショックを受けていた。


手すり伝い歩き。

右側から食事がこぼれる。


それでも本を読み、

字を書いた。


あの頃が、いちばん揺れた時期だった。


だから私は思った。

もう、楽しいことをしよう。


できなくなったことを数えるより、

できるうちに行こう。




2006年8月から老健へ週3日の通所リハ。

お風呂もデイで入れてもらう生活へ。


生活は、組み替えられた。


2006.9 奈良へ。

人力車に乗ったね。風が気持ち良かった。


2006.10 通天閣。

2006.11 京都貴船神社。


2007年 博多とハウステンボス2泊3日。

美味しい物に満腹、花火が綺麗だったね。




2006.9 奈良へ。


人力車に乗ったね。風が気持ち良かった。


2006.10 通天閣。


2006.11 京都貴船神社。


2007年お正月の 博多とハウステンボス2泊3日。


美味しい物に満腹、花火が綺麗だったね。


2007年 阪神対広島戦。ピンクの縦じまのユニホームで六甲おろし。大きな声で歌ったね


車椅子で泣きそうな坂に進むしかなかった・・箕面の滝。いい思い出


ディズニーランドとディズニーシーに2泊3日。車椅子で移動だったけど

イッツアスモールワールドにも何とか乗り込んだね。パレードは1番前で楽しんだね。


2008年 名古屋の甥の結婚式でにぎやかに過ごしたね


2010年 USJ クリスマスのプロジェクトマッピング壮大だったね



駅員さんが持ち上げてくれた改札。

知らない人が手伝ってくれた滝道。


今思うと、行ってよかった。




2011年 アテローム血栓性脳梗塞。


立てなくなった。

完全オムツ。

刻み食。


でも、

単語ではなく文章で思いを伝えられるようになった。


悪くなった部分と、

よくなった部分。


人は単純ではない。


2012年 伊勢神宮へドライブお参り。

2013年 広島宮島へ新幹線で一泊旅行。

赤福も、もみじ饅頭も、穴子丼も広島焼きもやっぱり食いしん坊。




2014年 脳幹梗塞。

その後、急性胆石胆嚢炎で開腹手術。41日入院。


術後、先生に

「何したい?」と聞かれた母は、


「なんか食べたい」と答えた。


立ち上がりは困難になった。


訪問介護週5日開始。

刻み食、おかゆ、短く切った麺。


それでも外食はできた。

好物を楽しんだ。




2020年 コロナで通所中止。


2021年

少食 → 飲み込み困難。

5月、全く食べられなくなった。


点滴。

訪問看護。

胃瘻の説明。


6月14日 在宅医導入。

6月16日 通所リハ再開。


きっかけは、スイカゼリーだった。


そこから経口摂取が戻った。


ゼリー食、ブレンダー食。


食べることは、戻ってきた。




2026年2月現在。


初詣。

マラソン沿道応援。

阪神戦オープン戦。

吉本新喜劇。

木曽路で外食。


何度も倒れた。

何度も変わった。


でも、楽しみは変わらない。




これが、

母と私の40年。




今年もオープン戦、行きますよー




Japanese Home Dysphagia Meals – Yoshichan Style

(家庭で続ける、よしちゃん流の嚥下食)


This blog shares Japanese home-style dysphagia meals made for my mother.


  • We eat together at the same table.
    (同じ食卓で食べます)
  • I never give up seasonal meals.
    (季節や行事食をあきらめません)
  • I care about beauty and dignity.(見た目と尊厳を大切にします)
  • I choose gentle and sustainable caregiving.(楽ちんで、続けられる介護をします)

記載日  2026年2月

コメント

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