食べられるようになったのは、 私が気になったことからでした
📅 日付:2026年2月1日
なぜ基準ができてきた?
食べられるようになったのは、
何か特別なことをしたからではありません。
気になったことを、
聞いたり、調べたり、試したり。
そうしているうちに、
4年半が過ぎました。
その間に分かったのは、
「これをこうすれば食べられる」という答えより、
「今日はどういう状態か」を見ることの方が
ずっと大事だということでした。
食べさせようとしたのではなく、
分かろうとしていただけでした。
私ね、
どこか悪くなった時、
悪くなるまでの期間を、
逆戻りさせていけば、
元に戻れるんじゃないかなって、
勝手に思っていて。
それで、
「じゃあ、いつからだろう?」
「何が変わっていったんだろう?」
って、考えるようになりました。
だから私は、
できなくなったところから直そうとするより、
変わっていった途中を見ようとしました。
ずっと食べるのは一緒だったからってのもあるんだけどね。
急に食べられなくなったように見えても、
本当は、少しずつ変わってきていたんじゃないか。
その「少し前」に戻れたら、
また違う選び方ができるんじゃないか。
そんなふうに、勝手に思っていました。
それで、
聞いたり、
調べたり、
試したり。
一度で分かることなんて、ほとんどなくて、
うまくいかない日もたくさんあって、
「今日は違ったな」で終わる日もありました。
そうしているうちに、
気づいたことがあります。
それは、
食べられるかどうかは、
その日の身体と気持ちの結果だということでした。
私が気になり始めたこと
まず最初に気になったのは、
口の開け方でした。
同じスプーン、
同じ食事なのに、
日によって反応が違う。
「あー」と大きく開く日もあれば、
おちょぼ口の日もある。
これは評価じゃなくて、
その日の状態を教えてくれるサインなんだと、
だんだん思うようになりました。
次に気になったのは、
飲み込みです。
好きなものや、
お腹が空いている時は、
口に入れたらすぐに「ごっくん」。
でも、
痰が喉に残っていそうな時や、
気分が乗らない時は、
口の中でウロウロする。
飲み込みは、
機能だけじゃなく、
気持ちや食形態も一緒になった結果なんだと、
そう感じるようになりました。
そして、
むせだけは、
少し違う見方をしました。
むせ方には強さがあって、
そこには危険度の違いがある。
- 目を閉じて出そうとする
- ゲホッとむせる
- くしゃみや鼻水で出る
ここだけは、
「気のせい」にしないで、
段階として見るようにしました。
こうして振り返ると、
私は何かを「できるようにさせた」わけではなくて、
分かろうとしていただけだったんだと思います。
無理をしない。
でも、雑にもしたくない。
分からないことは、
分からないままでいい。
ただ、
見えた反応だけは、
ちゃんと残しておく。
それが、
4年半続けてきて、
今の「食べやすさ基準」につながりました。
🔸 介助してもらう時の共通認識(わが家の場合)
食事介助をお願いする際は、
安全面と本人の混乱を防ぐため、
以下の点だけを共通認識としてお願いしています。
・食べるペース
急がせず、本人のタイミングを待つ
・一口量
少なすぎず、ひとまとまりになる量
・食事量
完食を目的にせずその日の様子を優先(ほぼ完食🤭)
※ 細かな調整は、その時の様子をみながら行っています。
🔎 今日の食べ方メモ(わが家用)
【口の開け方】
- ちょぼ口
- おーの口
- わーの口
【飲み込み】
- 口の外にぽろっ
- 口の中でウロウロ
- 口に入れたらごっくん
【むせの強さ】
- 目を閉じて出そうとする
- ゲホッとむせる
- くしゃみ・鼻水で出る
📎 参考資料
▶ 農林水産省
「これからの介護食品をめぐる論点」(2024年・PDF)
※ 家庭での工夫や判断とは立場が異なりますが、
同じ方向を向いていると感じた資料です。
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/seizo/kaigo/attach/pdf/seika-4.
コメントは、ひとことでも、匿名で、大丈夫です。

コメント
コメントを投稿
💬 コメントは、ひとことでも、匿名で、大丈夫です。