📅 日付:2026年5月5日
食べなかった頃から、今の母のこと
はじめの頃は、口をしっかり閉じて、首を振って、
食べること自体を嫌がることがありました。
昨日まで食べていたのに、急に食べなくなる。
どうしたらいいのか分からず、戸惑っていました。
あれから5年。
今は立つことは難しくなり、
会話もほとんど出なくなりました。
それでも、「あー」と大きな声が出たり、
ときどき「思う」の「おーう」と言えることがあります。
「あー」や「お」は出るのに、
他の言葉はなかなか出ない。
なんで「お」なんやろう、と感じることがあります。
はっきりとした理由は分かりませんが、
今の状態の中で出しやすい音なのかもしれません。
また、痰がしっかり取れている時は、
少し言葉が出やすいようにも感じています。
言葉は減っていますが、
実はよく笑っています。
新喜劇や漫才を見ては大笑い。
ドリフの映像でも大笑い。
野球を見ていて、感動的な場面では泣き笑いになることもあります。
そして、私が何もないところでつまずくと、
「ワハハ🤣」と声を出して笑います。
家に来てくださるヘルパーさんや訪問看護の方とも、
微笑んだり、大きく笑ったり、じーっと見たり。
ときにはツンとしたり、寝たふりをしたりもします。
言葉は減っても、
感じることや笑うことは、ちゃんと残っていました。
できることは減っているように見えても、
違う形でちゃんと残っているものもあると感じています。
吸引があることで、
いろいろな食材を形を変えて試すことができています。
もし吸引がなければ、
ここまでのアレンジはできなかったと思います。
在宅で食べるということは、
試せる環境や、周りのサポートがあってこそだと感じています。
そして、母本人が
食べることへの怖さがある中でも、
「食べたい」を続けてくれている強さのおかげでもあります。
私は、こういう時間があるから、
母との時間が辛くならずにいられているのだと感じています。
私が帰ってくると「わー」と声を出してくれたり、
話しかけると、じーっと見てくれたり。
それだけで、もう十分なんです。
本当に困って聞いたときには、
口を開けて「思う」の「おーう」と答えてくれることもあります。
そして、ときどき、
知らん顔をして寝たふりをするところも、
母のかわいさのひとつだと思っています。
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